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歴史街道〜A「川中島古戦場」〜

■ 川中島古戦場 ■
武田信玄と上杉謙信の「川中島の戦い」の地です。
「川中島の戦い」は計5回、12年余りに及びます。
単に「川中島の戦い」と言った場合には、かの有名な信玄と謙信の一騎打ちがあった第4次合戦(永禄4年9月9日から10日)を指すことが多いようです。
妻女山に陣を張った上杉謙信と海津城の武田信玄がにらみ合い、膠着状態を打破するために信玄は山本勘助と馬場信春に上杉軍撃滅の作戦立案を命じました。山本勘助と馬場信春は、兵を二手に分ける、大規模な別働隊の編成を献策しました。有名な「啄木鳥戦法(きつつきせんぽう)」です。しかし、謙信は海津城からの炊煙がいつになく多いことから、この動きを察知します。
結果、この戦いでは双方合わせて約8000人の死者が出たという程の激戦でした。勝敗は5分5分とも言われていますが、武田軍は武田信繁、山本勘助など名のある人物らを亡くし、やや押されていたとも言えるでしょう。
■三太刀七太刀の跡■

左の写真は乱戦の最中、手薄となった信玄の本陣に謙信が乗り込み、馬上から床机(しょうぎ)に座る信玄に三太刀にわたり斬りつけ、信玄は軍配をもってこれを凌ぐが肩先を負傷し、信玄の供回りが駆けつけたため惜しくも討ちもらしたという場面です。
■交通■ 長野ICを降りて県道を右へ約2.5k
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